知っているのに意識していないこと | 個別指導塾 コネクト

知っているのに意識していないこと

みなさん、こんにちは!

個別指導塾コネクトです!(^^)!

 

 

頭ではわかっているつもりだけど、すぐ忘れちゃうものってあります。

 

ちゃんと意識を持っておかないと、すぐにどっかにいってしまう。

 

人間の成長過程なんてまさにそれかなぁと思います。

 

 

ライフステージ

 

 

人間の一生における成長過程の各段階を現したモノ。

 

幼年期・児童期・思春期・青年期・壮年期・老年期って言い方をしますよね。

 

 

 

幼年期~思春期までは「成長期」であり、この期間に様々な経験をすることで心身ともに成長していきます。

 

青年期は「安定期」です。

 

そしてその後は「衰退期」といい、徐々に衰えていきます。

 

 

当然、成長スピードには個人差があり、まったく同じ成長をするモノなどこの世に存在しません。

 

人間だけに限らず、動植物も含めてです。

 

 

 

そして、これは勉強にも同じことが言えます。

 

学年が高3生だからといって、世の中の高校3年生が全員同じ成長を辿るわけでもなく、そしてスタートも異なります。

 

 

 

関西学院大学を目指す100人の高校3年生がいたとしましょう。

 

100名全員スタートは違います。

 

それまでの積み重ねも違う。

 

通っている高校も違う。

 

能力も違う。

 

でも、そんな100名が同じ大学の同じ学部を志望していたとすればゴールは同じです。

 

 

 

スタート地点は異なるのに、ゴール地点は同じ。

 

 

一方、ゆとり教育の時に運動会の徒競走で、「みんなで手を繋いで一緒にゴールする」なんて学校のやり方に賛否両論がありました。

 

 

スタート地点も一緒でゴールも一緒。

 

 

どっちが正しいとかは興味ありませんが、少なくとも矛盾は感じてしまいます。

 

 

 

話が逸れました。

 

 

 

勉強にも「幼年期・児童期・思春期・青年期」みたいな段階があります。

 

これは学力レベルの話をしているのではありません。

 

 

 

「不安定さ」の話です。

 

 

 

幼年期は「変容期」です。

 

ものすごく不安定なわけです。

 

つかまり立ちを覚えて間もない時は、障害物があればすぐに転んでしまうでしょう。

 

 

 

それが児童期になると「安定期」として一旦安定します。

 

走り回ったり、飛んだり跳ねたり、できることが増えて毎日が楽しそう。

 

ちょっとやそっとの障害物では転びません。

 

 

 

そして、思春期になるとまた「変容期」に入ります。

 

心の変化を感じるころでしょう。

 

この期間もとても不安定になりますよね。

 

どうでもいいことでイライラしてみたり、必要以上に反発してみたり。

 

 

 

そして青年期で再び「安定期」に入ります。

 

心が成長したのでしょう。

 

落ち着きが出てきますよね。

 

 

 

 

変容期は安定期を迎える上で必要な過程です。

 

むしろ変容期こそが成長期であり、この期間の取組が何よりも大事なのだと思います。

 

 

不安定な期間ですので、自分一人では苦しいかもしれません。

 

誰かの助けが必要な場面もあるでしょう。

 

 

 

勉強においては幼年期が一番大変です。

 

産みの苦しみと言ってもいいでしょう。

 

 

今まで勉強してこなかった子が、受験学年になってから勉強を開始すると必ずぶち当たる壁です。

 

 

逃げちゃダメです。

 

自分が成長期にある時に、楽な方へ流れてはいけません。

 

 

 

そして、それを周りで見守る大人たちこそ、その事を意識すべきです。

 

 

 

「成長」とは苦しみを伴います。

 

痛みや不安を伴います。

 

それを乗り越えて大人になり、そして親になりました。

 

 

「成長」を急かしてはいけません。

 

「成長」とは促すモノではなく、支えるモノだと思います。

 

 

 

初めてつかまり立ちをした0歳児に走ることを求める親はいません。

 

我が子が立ったことを、歩いたことを、走り出したことを自分のことのように喜び、応援し、そして見守りました。

 

親の嬉しそうな笑顔を見て、子供もさぞ誇らしかったことでしょう。

 

「もっとがんばろう」って思ったから、無事に児童期に入り安定していったんじゃないでしょうか。

 

 

 

0~2歳の子に接するように、10歳を超えた子供に接することは不可能だと思います。

 

(それはそれで違うと思いますし)

 

しかし、支えの本質は変わらないんじゃないでしょうか。